治療の実際 3、抜歯


3、抜歯 編 ただ抜ければ良いわけではありません


 ふだんはできるだけご自分の歯を長く使えるよう手をつくしていますが、それでも歯を抜く場合があります。当医院で歯を抜くのは「歯を残しておくことの方が害が大きい場合」、もしくは「歯を抜く方が利益が大きい場合」です。

 

 歯を抜く際はただ痛くなく抜ければ良いようですが、抜く時にどんな配慮をしたかで、まわりの歯の寿命や入れ歯になった時の入れ歯の安定性などに、後になって違いが出てきます。

 

 簡単に抜ける場合はいいのですが、そうでない時には、抜く歯を削っていくつかに分割して抜くこともよくあります。それは、抜く歯は粉々にしてでも周りの骨を傷つけないことの方が大切だからそうしているのです。歯の周りの骨をたくさん削れば、速くきれいに抜けて上手そうに見えるのですが、骨がやせてしまい治りの状態もあまりよくありません。

 きれいに抜いた歯と粉々にして抜いた歯を並べて見せられた時に、あなたはどちらの歯科医の治療を受けたいと感じますか。それは、抜いた歯ではなく、抜いた後の傷口を見ればまた判断が変わってきます。

 

 歯が抜けた後は、麻酔がまだ効いているうちに、良く見える両隣の歯の深い部分の歯石を取ったり歯槽膿漏の処置をしたり、周りの歯が長持ちするようできるだけのことをやります。さらに、抜いた場所の歯ぐきがやせないようにする処置なども行います。特に歯ぐきがやせないようにする処置は、抜歯する時にやっておくことが大切です。

 

 また抜いてしまって歯がなくなると困る場合には、あらかじめ仮の歯を作っておいて、歯を抜いたその場で仮の歯をお入れすることも行っています。

 

 親知らずは、腫れたり、虫歯になったりで抜くことがあります。また1本手前の歯を長もちさせるために害のある親知らずを抜くという場合もあります。レントゲンではよく見えなかったところに虫歯が出来ていたり歯槽膿漏が進んでいたりしていることもありますので、親知らずを抜くだけにせず、抜いた時に1本手前の歯をよく観察して、同様に深い部分の歯石を取っておく、虫歯の処置をしておくなどが、残る歯を長持ちさせるために大切です。

 

 1992年7月のことです。親知らずの抜歯は、通常はほとんど当医院で行っているのですが、これは当医院では抜くのが難しい親知らず(上の歯で横になってもぐっていて、鼻の空洞に近い歯)を先輩の歯科医(開業医)の先生に依頼して抜いていただいた時のお話です。

 その先生は大学病院の口腔外科に長く残られていて、交通事故で顎の骨を骨折した患者さんの治療や癌の手術なども手がけられていたことのある先生です。

 私はその先生の診療室に前もって資料を持って出向き、抜歯を引き受けていただけるかどうかを確認し、処置にも立ち会わせていただきました。

 その時にその先生がおっしゃるには

『大学病院にいた時には、他の医院から抜歯を依頼されると何が何でも抜いたものですが、開業してからはもうあまり無理はしません。普通にやって抜けない場合は害のあるところだけ取って、害が無ければ取りきれないところは残しておくんです。何年かたつと残っている部分が外へ出てきて簡単に取れます。処置は2回になりますがその方が患者さんのためです。だいたい歯の周りの骨を大きく削ってしまえば抜けない歯なんてめったにないんですよ。でも周りの骨を広く傷つけるのは、歯は抜けても患者さんのためにならないんです。』

 幸いその患者さんの時は、麻酔が効くと、切開・抜歯・手前の歯の確認・縫合と、10分ほどで治療を終了してしまいました。

 『抜糸はそちらでやってくださいね』

 鮮やかなものでした。

 

 歯を抜くという体を傷つける治療は、歯が抜けた後に、傷つけた以上の大きな利益がなければいけません。周りの歯や骨や歯ぐきを、抜歯前より、より良い状態にできたときに初めて「うまく抜けた」と言えると考えています。