治療の実際 1、歯の神経の治療


、歯の神経の部分の治療 編 歯の寿命を決める大切な治療です もう歯を抜くしかありませんね?



 2003年8月初旬の夜のことです、ドイツに住む友人から国際電話が入りました。歯ぐきが腫れて痛くて困っているので相談に乗ってくれませんかという内容でした。

 この友人はヨーロッパを中心に活動し、日本にも時々帰ってきて仕事をするという生活をしていました。話だけでは、はっきりとした状況が分かりませんので、来日した時に来院してもらいました。

 2003年8月下旬。調べてみると、右下の一番奥の歯の外側の歯ぐきが腫れて膿が出ていました。レントゲンをとると歯の根の先に炎症が起きているのが分かりました。中の方にたまった膿が外にあふれ出てきているという状態でした。この歯にはとてもきれいなセラミックのかぶせものがしてありました。

 

 『原因として一番疑われるのは歯の神経の治療が、結果としてうまくいっていないということですね。また寝ている間の歯ぎしりやかみしめで力がかかっている場合も、こういう症状は出やすくて治りが悪いということがあります。また時には、歯にひびが入っていてこういう状態になることもあります。』

 

『治療としては、かぶせものを外し中の状況の確認、歯にひびが入っていなければ神経の部分の治療のやり直し、かぶせもののやり直し、ナイトガードの使用などが必要と思われます。ここでなくてもかまいませんから、ドイツでやってもらったらどうですか。』

 

 疼痛もあり仕事に差し支えているとのことなので、3種類の抗生剤と1種類の鎮痛剤を処方しました。

 『先ずこの抗生剤を3日間飲んで下さい。もし改善されなければ次にこの抗生剤を3日、それでも改善されなければ次はこれです。』

 そして合わせてレントゲンのコピーも渡し、この日の1時間の診療が終わりました。

 

 幸い、最初に飲んだ抗生剤が効いて、その時は症状が改善されたとのことです。

 

 その後も何度か腫れをくり返し、その度にドイツでは、歯の神経の治療はせず、歯ぐきの切開をおこなったようです。国際電話も何度かいただきました。

 

 ドイツの主治医のコメントは

 『歯の神経の治療はパーフェクトなので、やれる治療は歯ぐきを切って炎症が起きているところをくり返し洗滌するしかない。これ以上くり返すようだったら歯を抜くしかありませんね。』

 

 友人は主治医がドイツでやっと巡り会った信頼している歯科医であること、そしてそこの技工士さんがとても良い仕事(セラミックのかぶせものをつくる)を精魂こめてしてくださることなどを理由に、当医院での治療は希望されませんでした。また家族がここで引き続き歯の治療を受けていることや、分かってしまうような形で他の歯科医院で治療を受けると、今後この歯科医との関係を保つのが難しいと考えたかも知れません。

 

 結局、ドイツで受けている治療では苦痛が多く(頻回にわたる外科処置)、現実に治らないこと、効果があまりないにもかかわらず出される薬がいつも同じであること、抜歯をほのめかされたことなどから、気持ちがだんだん変化していったようです。

 

 2005年10月 当医院での治療が始まりました。初診から2年ほどたち、その期間分だけ炎症は進んだ状態でした。あいかわらず歯ぐきから膿も出てきます。私の診断と治療方針は変わっていませんでした。歯の神経の治療のやり直しと、かみしめの影響の排除のためのナイトガードの治療が必要です。

 

 なるべくかぶせものを外したくないとのことでしたので、かぶせものを外さずに、かぶせもののまん中に穴を開けて治療することにしました。

 『もし中に金属の芯棒が入っていたらかぶせものをはずします。でもかぶせものを外した場合でも、今日中に仮歯を作って困らないようにしますから安心して下さい。』

 本当は、歯を少しでも長もちさせようと考えるのでしたら、かぶせものをはずして治療した方がいいのです。そのほうが歯がよく見えますから、残っている歯の部分を必要以上に削らずにすむので安全です。

 幸い、中には金属の芯棒は入っていませんでした。慎重に、歯の残りの部分をなるべく削らないように、中の詰め物だけをねらってそれを削り取っていきました。だんだん中の様子が分かってきました。開けた穴からのぞいて見る限り歯にひびは見あたりませんでした。歯の壁は全周に渡って残っていました。

 本当に神経をとる必要があった歯なのだろうか?。

 神経の管は全部で4本、そのうちの3本には薬が入っていて、残りの1本は全く手つかずの状態でした。薬の入り方もすき間だらけのスカスカの状態でした(神経の管につめる薬は、ばい菌が増えないように密にすきまなくしっかりと詰めるのが基本です)。管の中は4本とも真っ黒にばい菌により汚染されていました。

 手鏡を渡し、中の状況と真っ黒によごれてくる器具の先端を本人に見せながら

 『いくら歯の周りの洗滌をくりかえしても、中にこれだけばい菌が住みついていたら炎症が治らないのも仕方がないですね。』

 

 歯の中に消毒薬を満たし、汚染されているものを手用器具を使って少しずつ削り出して行きます。レントゲンを撮り長さを確認しながら、取り残しが無いように、なるべく必要以上に先までつつかないようにという作業を行っていきます。根の先の方にばい菌が残っていれば治らないし、つつき過ぎれば腫れや痛みの症状が出てきます。良い結果を得るために、意識を指先に集中して、指先の感覚を頼りにプラスマイナス0.5ミリ位の精度でやっていきます。

 4本の神経の管が、黒いものがなくなりきれいになった段階で、中をよく洗い流し、刺激の少ない、比較的長期間(数カ月から1年程度)消毒効果が持続する薬(水酸化カルシウム製剤)を詰め、蓋をし、なるべく目立たないような色を選び、合成樹脂の詰め物をしました。

 さらにナイトガードを作るために上の歯の型を2つとりました。

 念のため前回効果のあった抗生剤と鎮痛剤を処方し、この日の2時間の治療が終了しました。患者さんはすぐにドイツへ帰っていきました。

 

 2005年11月 再来日し来院されました。前回の治療から1か月ほど経っています。

 治療直後以外は痛みや腫れの症状は出なかったとのことです。

 患部を見てみますと、歯ぐきの膿の出口はふさがっていて(中に膿がなくなっていることを示しています)、治っていっている様子が確認できました。噛んでも痛くないとのことです。

 友人は、『仕事でとても疲労しているので、今日でなくてかまわないのであれば、歯の治療は受けたくない』とのことでした。

 歯の中には長期に効果が持続する薬を入れてありましたし、膿も止まり症状が出ずに安定しているのであれば、再び中を消毒する必要はありませんでした。

 

 『このままでも数カ月は大丈夫ですよ』

 

 この日は歯を保護するための、上の歯にはめる2種類のナイトガード(小さめで堅い合成樹脂製と大きめで柔らかい合成樹脂製)を調整し、渡しました。

 『歯を保護するために、どちらでもいいですから使いやすい方を寝る時に使って下さい。』

 この日の1時間の治療が終了し、この時も直後にドイツに帰って行きました。

 

 2006年5月 さらにそれから半年後、3回目の治療を行いました。

 痛みや腫れの症状は全く無く快適とのこと。

 ナイトガードは大きい方を使用していて、使用してみたらとても調子が良く、自分で寝ている間にこんなに噛みしめていたのかと驚いていること、もうナイトガードが手放せないとのことでした。

 歯の方はとても良い状態になっていたわけですが、中に詰めた薬は1年を過ぎると効果がだんだんなくなり、炎症が再発しやすくなることを何度か経験していますので、もっと長期にわたって効果が持続する薬に交換することにしました。

 前々回に詰めた合成樹脂を削り取り、4本の神経の管の中に詰めた薬をかき取っていきます。慎重に先に進んで行くと、神経の管の先の出口がふさがってきているのが指先に感じられました。前回は、ばい菌の通り道が広く開いていたのですが、炎症が治まり、患者さん自身の治そうとする自然治癒力で管の先の神経の出口に蓋ができてきたのです。4本とも同じ良い状態でした。

 せっかくできた先端の蓋を壊さないように注意深く洗滌消毒し、今度は、もっと長期に安定した効果のある別の薬を、すき間なくしっかりと詰めました。そしてレントゲンを撮り、ねらい通りにできていることを確認しました。

 そして中の方にはあえて歯と見分けがつく色の詰め物をし、外から見える場所にはセラミックのかぶせものの色に近い合成樹脂の詰め物をしました。もしまた再発したとしてもまだ歯を抜かずに治療ができるようにと、中の見えない部分のつめものは歯と区別がつくような色のものにしています。

 決して悪くならない治療が理想かも知れませんが、現実はそうもいきませんので、最悪トラブルが起きても歯を抜かずに安全に再治療ができるようにと考えています。

 

 この日の1時間の治療を終了しました。

 幸い、今回は根の先を刺激しないですみましたので治療後の痛みは出ませんでした。

 

 2006年12月 さらにそれから半年後に来院され経過を確認いたしました。

 治療開始から1年2か月、初診から3年4か月がたちました。

 その後は腫れも痛みも全く出ておらず快調とのことです。

 レントゲンを撮り、歯根周囲の骨が治ってきているのも確認されました。

 

 ここまでの治療に要した回数と時間は、初診からの合計で4回、5時間です。また歯の治療だけについて言えば2回、3時間です。

 

 この患者さんは私の古くからの友人であります。私を個人としては信頼してくれていた訳ですが、さまざまな事情から当医院での治療を決心するまでに2年間という期間と多くのエピソードを要しました。その間に切開をくり返され、歯ぐきにはその治療の経過が、消えない傷跡として残りました。おそらくこの傷跡はずっとこのままです。

 私の治療の跡も歯を抜かない限り歯の中に残っていきます。

 

『治ってよかったですね』

『このまま長もちするといいですね』

 
 これで一段落となりました。